会社員こずっぴのゆとり全開ブログ

過去8年ほどやっていたアメブロから引っ越してきました。

😊

 

 

 

 

 

 

大好きな先輩ご夫婦に、

送別会をしていただきました。

 

優しくて、美しくて、柔らかで。

憧れの先輩です。

 

社会人になって丸2年。

本当に色々なことがありました。

どんな状況でも、

明るく前向きに、小僧の私にもどんな時も気にかけてくださりました。

 

私もこんな素敵な女性になりたい。

そんな先輩に出会えたこと、

本当に本当に幸せに思います。

 

 

この2年、成長した部分、まだまだな部分たくさん見えてきました。

そして、これから目指したい姿も

すごく変わり、具体的になりました。

 

 

たくさんの方に支えられて、

今日の自分がいます。

 

またいつか、大好きな先輩方と

もっと成長した姿で一緒にお仕事できる日を心待ちにしています。

 

今年は25になるし、

一層、がんばります。

 

 

 

妻として、

会社の一員として、

日本人として、

別れの悲しみを変えて、

もっと周りの方に恩返しできるよう

成長します。

 

 

この気持ちを忘れないために。

これからも。

 

 

2年間、

本当にありがとうございました。

必ず成長して、

会いに伺います。

 

しみる。😭

やっぱり今日は悲しい。😭😭

 

 

 

 

超SNS時代に向けて

 

お久しぶりでございます。
いまパリに向かう飛行機の中です。

『華麗なるギャッツビー』でやっぱりバブルの華やかさを一度体験してみたかったなぁとうっとりとろけて、『ウシジマくんザファイナル』で人間の強欲さと純粋さについて色んな角度から考えさせられて、『何者』であぁ就活っていろんな苦さ苦しさもどかしさがあったなぁ懐かしいなぁもう絶対戻れないなぁなーんて、久しぶりに映画三昧ができて早速にっこりのこずっぴです。


一番心に残っているのは、映画『何者』ででてきた『物事の途中経過の頑張りをSNSで主張するのはイタい』という一説。
私もSNS世代ど真ん中で、ついついSNS中心に生活が回っているタイプなので、きっと自分もこの説にどっぷり当てはまる人間なのだろうなぁなんて考えたりしていました。


確かに、はたから見たら自分主観ばかりの意見や写真の投稿、ブログ発信やつぶやきって普通にイタいんだろうなぁ。
イタいよねと思われるのはやっぱり恥ずかしいし悲しくもあるんだけど、私にしてみるともう高校生の時からのライフワークなので今更表現することをゼロにするってことはそうない選択肢かなと。どんなふうに周りから見えていたとしても。


年とともに、時代とともに、
環境とともに、
何を表現するのかとか
どんな人が見ているとか
これは表現しないでおこうとか
『考えてから形に残す』ことに
時間と気持ちを以前よりも注げるように。

 (以前があまりにあまりにひどかった)


私は普段の対人関係で自ら進んで、自分のことを話しません。というのか、話したがりはしません。子供の頃は真逆でした。自分のことを話しているのが楽だったし、自分が楽しかったから。


でも今はなんていうか〜、相手とのその時その時の関係性を一番に考えたくて。自分の話ばかりを話すのはなんだか違うのかなと思うように。
&
昔にはなかった相手に対する人見知りが減ったからか、相手のもっと知りたいところを是非教えてください!!!が直接的に言えるようになって、相手のことを知れることの方がとっても嬉しいと思うようになったから。

もちろん相手から自分のことを聞かれたら、そのことについてはお話ししたいけれど、ねえねえ聞いて欲しいんだけどってことはほとんどなくなったような。


だけどもだけど、
対面ではそんな感じで進んでは話さないけれど、頭の中では日々考えたり気づくこともたくさんあったりして。
自分の考えていることがスーーパーー正しいと思っているわけでは決してなくって、ただ『その時』『その想い』を文字や写真で形に残しておきたくて私はSNSを使います。

そして日々色んなことが頭の中で浮かんだり、消えてったりを繰り返す中で、どうしてもまた思い出したいなと思うことだけをSNSに残します。

 

3日後
1ヶ月後
1年後に
パッと振り返っただけですぐに思い出せるあの胸がギュッと締め付けられる悔しさとか、とろけるほど幸せだった温かい気持ちとか、そういうのにSNSはとってもいいと思うのです。

 

洋服の写真を載せるのは
今日はあの人に会うからこういうスタイルにしよう!とか365日のなかでその日にしかないワクワクがすぐに思い出せるから。


お酒やご飯の写真を載せるのは
その日共有した相手との時間は前にも後にもないくらいこの上なく幸せで、その時生まれた『今日は大変だったけど明日からもまた頑張ってみよう』って思えたことを忘れないため。


ブログをたまに載せるのは
私は実際に会ったりする友達が少ないけれど、ブログだと友達以上に実際に会ったことがないけれど私の考えを気にかけて見てくれる方がいたりするから。(たしか2人くらいいると思うの笑。あとお母さんとか。)
それが私にとって人生を大きく変える新たな出会いになったりするから。


他にもたくさん理由や想いはあるけれど、自分発信のSNSで表現する分には見る見ないを見る人に選択権を委ねられるから。見たくなければ見ないにしてもらえればいいのかなと。
ほらFacebookだと見たくなくても目に入ってきちゃうよになるけど、ブログならタイトル見てクリックしないでいただければ大丈夫なんじゃないかなぁと。

 

えーっと結論として何が言いたかったのかなって。

これからきっともっともっと多様なSNSに囲まれて、私たちの生活はさらにSNS中心の超SNS時代へと移り変わっていくと思います。SNSは今や誰にでも平等に与えられた自己表現の場なのです。

確かに時に『イタい』かもしれません。
でもそこに『本気』や『本音』があったら、『イタい』だけではないと思うのです。

だって世の中にはSNSに『本気』や『本音』をかけたことで人生を豊かにしている人ってたくさん出てきています。
SNSは娯楽でもあり、ビジネスにもなり、人生を大きく変える一つの手段となりました。

私はSNSがこれからの人生を大きく変える鍵のひとつだと思いますし、どういう付き合い方をしていこうか考えるのが最近の楽しみでもあります。

皆さんはこれから
SNSとどのように付き合っていこうとお考えですか?^^

 

 


なーんカッコよくブログを締めようと思いましたが、痒いですね笑
早速『イタ』くなっちゃいましたね笑

 

わたくし、
友人と日本酒に行くと大体こんなブログみたいな感じの話をし始めます。
(リアルでイタい笑)


では
パリ行ってまいります。
ボンソワっ

 

 

 

 

 

1から2

 

 

 

 

社会人1年目と2年目。

数字はたったの1から2だけど
中身は一言では言い表せないほど

こってりな変化だったと思う。

 

お客様との関係性も1から2
経験値も1から2
大変も楽しいも1から2

全ての出来事が積み重なって1から2になったのだと実感した今日の仕事納め。

皆様にとって、どんな一年でしたか?

 

来年も自分のため以上に
周りのために尽くし、喜ばれる仕事を志します。

 

今年も大変お世話になりました。
皆様どうぞ、
良い年をお迎えくださいませ。

 

 

 

 

 

 

先輩になること 大人になること

 

 

 

 

 

人々は日々、

誰かしらにとっての

先輩になってゆくのです。

 

自分は意識せずとも、

後輩からは「先輩」としてしっかり認識されていくのです。

 

わたくし、社会人2年目。

「先輩」として、

「先輩」らしく、

振舞い、行動できているのか

ふと気になりました。

 

 

 

先輩と後輩という関係は

持ちつ持たれつな関係です。

 

ここぞとばかりに

「わたしは先輩なんだぞ!」と

力を示すのだけが先輩ではないと思うのです。

 

 

 

 

「これやっておいて」

「もっと気を利かせて」

「意識が足りないよ」

 

確かにそうなのです。

ごもっともなのです。

 

でも、

「大丈夫?」

「何か手伝おうか?」

「頑張ってるね!」

こちらもそうなのです。

とってもとっても必要なのです。

 

飴だけでも育たないし、

鞭だけでもついてこない。

 

按配とやらが

とっても難しいですね。

 

 

 

 

 

これって

きちんとした先輩後輩関係だけでなくても、当てはまると思うのです。

 

例えば初対面同士。

ちょっとした共通の先輩を通じて一緒の席でお食事をすることになったとき。

年が違ったら、それだけで年功序列、関係性の中に上下が生まれます。

 

 

ちょっとした会話の中でも

「それは違うよ」

なのか

「そうだよね。その気持ちもわかるな。

でもこう考えてみても、いいとも思うな。」

 

伝えることは同じでも

伝え方一つで相手との関係性は変わって来るのです。

 

 

ああ、この人のようになりたい。

どうやったらこんな大人になれるんだろう。すごいなぁ。かっこいいなぁ。

 

そんな風に言わなくったっていいじゃない。しょぼん。かなしいなぁ。

こんな風にはなりたくない。

私はならないように心するわ。

 

全く感じ方は異なり、

そして相手への認識や見方がまるで違って来るのです。

 

 

 

今は会社でしたっぱだけど、過去に組織の中で上に立つ機会が何度かありました。

そのときにこういうことが客観視できていたらなぁと今となっては思うばかり。本当に先輩らしいこと、一つもできなかったんだなと今更ながら自覚しています。

 

 

 

でも、これからもずっと歳を重ねていくにつれて、後輩が増え、その度にその人にとっては先輩、そして大人として認識されるのです。

 

過去は過去。

これからは先輩らしく、より大人になれるよう、そろそろジャイアントベイビーを脱しなくちゃなぁとなんとなく考えている2016年年末でございます。

 

「昔はこんなこと考えなかったのに」

ってののオンパレードでした2016。笑

これはまさに世にゆう

年取ったって奴なのでしょうか。涙

 

 

そして、最後に。

先輩はときにして選べない。

良くも悪くも出会いは平等。

だからこそ、良き先輩となれるよう

努めます。わたくし。

 

誰かにとって

良き先輩、良き大人となれるよう、

2017年も頑張ることいっぱい。ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月夜の戯言

 

 

 

 

 

今楽しむ

今努力する

今考える

今やる

 

この選択を続ける人がいるとする。

 

 

明日楽しむために

明日努力する

明日考えればいいし

明日やればいいや

 

この選択を続ける人もいる。

 

 

 

一週間、

1ヶ月、1年。

絶対 "今" を選択し続けた方が、

大きな前進があると思うなぁ。

 

でもね、

今がよければ、明日もよし。

とは限らない。

 

だから

"今"に集中することを

継続的に続けることが大切よね。

それがみえない未来を

確実に構築していく

できる限りの1歩なんだわと。

きっとそうだと思うわ。

 

 

 

 

東京症候群

 

 

 

 

 

あの子が持ってるあの鞄いいなぁ

ホテルのナイトプール行きたいなぁ

アフターヌーンティー行きたいなぁ

 

あのレストラン、あの子が行ってる!

いいな羨ましい私も行きたい!

 

あ!○○ちゃん彼氏できたんだ!

どこの人だろう!

え!結婚するんだって!

どこで知り合ったんだろう!

転職するらしいよ!独立するらしいよ!

あの会社はお給料高くていいなぁ

仕事やめたいなぁ働きたくない

でも楽しい仕事したいなー

 

可愛い子紹介してよ!

いい合コンない?

誘って!

合コンセッティングしてよ!

 

 

 

 

 

私、

東京生まれ東京生活25年目に突入。

 

東京はなんでも大体揃っていて、物質的に手に入らないものはほとんどなくって、みんな物質過剰が当たり前で、それが普通で生活している。

 

でも時に、なんか満たされなくて

でも時に、なんか寂しくて

でも時に、なんだか物足りなくて

でもそれがなんでだかわからなくて

 

東京にいる誰しもが、ふとたまにこんなことを思うことがあると思うのです。

 

 

1日3食食べてるのに

面白いテレビも観てるのに

たまに友達と飲みに行ったりもしてるのに

 

でもなぜだか満たされない何かがある。

 

これってなんだろうって

いつもいつも不思議に思ってたんだけど、

なんとなく

東京症候群なのかなと。

(またよくわからないことを言い始めました笑)

 

 

東京という街が人々をこうさせてるんじゃないかなと。なんとなく常になにかが物足りない。みたいな。感覚。

 

 

 

私がそう考えるようになったのは、

高校生の時初めて1ヶ月間親元を離れてイギリスに行った時。

 

東京で培われた感覚が

あまりにも小さい世界すぎて、

東京ルールでしかなくて、

それも誰が定めたわけでもないのに

感覚的に東京が人々をそうさせてきたのだと気付いたのです。

 

東京にいる時には

ふと小道に咲いている可愛らしい小さなピンクのお花に気づきもしなかったし、ろくに英語が話せない私でも、周りに受け入れてもらえるってこんなにも嬉しいことなんだ!!!うおーーー!!!なんて感覚はなかったし、世の中こんなにも知らないことだらけだったのかと自覚した時には感動半分、少し恐怖さえかんじたのを思い出しました。

 

 

 

そして大学時代、ゾッコンで一番に惚れ込んだのはベトナムの世界。

若者たくさんで、みんなエネルギッシュでまっすぐで一生懸命で。東京には絶対にもう生まれえない感覚で溢れていました。(本当に国も人々もこれから明るい未来作るぞ!向かってくぞ!って明るくまっすぐなのです。眼差しが。志が。)

 

純粋に日本に憧れていたり、日本人に会えて嬉しくって、もっと日本語の勉強頑張るからまた会いにきてねと言ってくれたり、東京ツンツンガールの私にはたまらなく刺さりました。

私が探していたのはこの感覚だと。

 

 

そして私社会人となり、大学時代とはうってかわって海外に行けなくなりました。

すっかり日本の会社員です。

今は保守的で、単調な生活です。

あの時のパッションばどこ行っちゃったのよ。と思うくらい。

 

そして、

また東京症候群にすっかり戻っちゃった。

 

でもね東京症候群が嫌いなわけでもないんだ。

 

こんな東京も

実はやっぱり大好きなんだ。

 

でもでも、このままを続けるのは良くないなって思ってて、私はまた少し変えて生きたいなと思っているの。

 

環境も、私の感覚も、これから先もね。

 

 

そんな感じ。

そんな感じの木曜日。

 

元気ないのかな?

と思うでしょ?

それがね

今日は台湾から大好きな友人が来てて、かわいいこちゃんたちと美味しいピッツァナイトしてきたからホクホクなの。

 

やっぱり

東京はこれだからやめられないよね。

やっぱり東京が大好き。

 

これが本当の東京症候群かしらね。

 

 

 

 

 

今日も寒いので

温かくしてお休みくださいませ。

 

ドロンです。

(今日も上手い締め方がわからなかた)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おしゃれの話

 

 

 

 

 

おしゃれをすること

おしゃれでいることには

必ず意味がある。

必ず出会いもある。

 

 

おしゃれをする人は

相手のおしゃれがわかる。

同じおしゃれじゃなくても

相手のおしゃれのこだわりがわかる。

 

おしゃれな人は

年齢や性別、国籍やバックグラウンドの垣根を全て取っ払って相手をリスペクトする心を持ち合わせている。

 

例え初めて会って3秒。

「お召し物素敵ですね。」

これでこの関係性は良好なスタートを迎えることができる。

 

おしゃれな人はアンテナが高い。

おしゃれに対してだけでなく、

美味しいものや

素敵なところ、

いい匂いとか、恋愛とか、

色んなことに対してアンテナが高い。

 

自然と会話が広がりやすく、

意外と共通の話題も多い。

 

おしゃれな人はやわらかな人が多い。

おしゃれは決して人と同じでなくてもよいということを皆心得ているから。

だから相手と違う分野の話をした時も、「それも素敵ですね」と受け入れ態勢が、やわらかなことも多いし、とても心地よい。

 

そして何よりも

「おしゃれっていいですよね」

「おしゃれって永遠のテーマですよね」とびっくりなくらいの結束感が生まれる。

 

日本ではあまり意識されていないけれど、やはり外国だとビジネスでもパーティでもファーストインプレッションはその人の表情とともに服装、身なり、佇まいもかなり重要視されているのです。

 

ビジネス云々の前に

きちっとした格好をしているとか

気の利いたおしゃれさとか

印象のいいその人らしさとかが

ものすごく大切なのです。

 

 

おしゃれは必ず、

その人の人生を明るくしてくれる

誰にでもできる魔法なのです。

 

私はおしゃれになりたいし、

おしゃれに憧れ続けています。

きっと死ぬまでずっと。

 

 

いい洋服着るのも

憧れの鞄を持つのも

それはおしゃれだけど、

今はもっとなんていうか、心豊かに温かく生活豊かに暮らすおしゃれが欲しいなぁ〜

 

おしゃれな生活を送りたいなぁ〜